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8月サゴリの森月記「被爆者とはだれなのか」という問い②

今夏の酷い暑さをようやく生き延びている感が強い8月末、わたしは1冊の本と一人の編集者に出会った。熱中症の兆しかもと思われる体温の高さになれないままだらだら過ごしていたある日の衝撃。それはこれまでの無知を恥じる思いと、それでも「発見」してしまった喜びがない混ざった、久しぶりの昂った感情だった。が、この酷い暑さを忘れさせてくれた。

帯にはこうある。「ひとりの被爆者をめぐるふしぎな物語ーーその驚くべき深さ、豊かさ、おもしろさ」

著者:伊藤明彦/出版社:編集室 水平線(長崎市)/発行:2024年12月/定価:2200円+税

表紙にあるタイトルも出版社も著者も、ある未知なる不思議さへの小径を用意しているように見えた。「伊藤明彦」という未知の人、「水平線」という未知の出版社、遺言が「亡くなった人」ではなく「未来の人」からであること、「被爆体験」ではなく「被爆者体験」であること、「被爆太郎」伝説という豊かな語りの名づけ。その「不思議さ」はわたしにとってこれまでにない「被爆/原爆」「ヒロシマ」の深いところに連れて行ってくれる扉のように思えた。そして、7月の「被<爆>者とは誰なのか」というわたしのいまだあいまいな問いに接続するものかもしれないと思えた。

——被爆者の体験を記録する作業に取り組んでいた著者は、長崎で被爆した吉野啓二さんの話に深い感銘を受ける一方で、それとは矛盾するある思いを抱いた。世千野さんの語りを、自分はどのように受けとめたらよいのだろうか――被爆者という存在のありよう、原子爆弾と人間の関係の本質を問いかける(チラシより)