News

7月サゴリの森月記ーー「ノーモア・ヒロシマズ」から「ノウモア・ヒロシマズ」へ

これまで被爆都市のなかから生まれたキャッチフレーズはその80年戦後史に規定されつつ変容してきました。——「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ヒロシマズ」/「ヒロシマの心」「ヒロシマは一つ」/「唯一の被爆国」「唯一の戦争被爆国」/ 「グローバル・ヒバクシャ」「ノーモア・ヒバクシャ」。

2015年に実行委員会で開催した「被爆70年ジェンダー・フォーラムin広島」では、「一つではない広島」を打ち出しました。一つには回収できない、回収してはいけない“ジェンダーな別な物語”を前景化すために。そのことがさらに「ヒロシマ」に内包する植民地主義という視点不在をひらいてくれました。

2025年「被爆80年」「敗戦80年」「戦後80年」そしてその歴史を準備した1945年8月6日、9日、15日以前の時間の折りたたみに佇む7月。先のキャッチフレーズを眺めていると、ある日「ノウモア・ヒロシマ」などというダジャレが浮かんできました。決して「ノーモア・ヒロシマ」ではないのです。

「NO」ということによって「廣島を、ヒロシマを、広島を」遠ざけていたのではないかと、自分の怠慢を棚にあげてキャッチフレーズのせいにしていますが、<わたし(たち)>は「もっと、廣島を、ヒロシマを、広島を知る必要がある」と思うのです。何を?と返されそうですが、いまは「それぞれの広島」をというしかありません。

わたしは被爆2世ですけれど…とエクスキューズをいれないで現在を「問う」ことを可能にする「問い」が待たれているのだと思います。